本に包囲された日々
部屋は本まみれ。家業の経理をこなしつつ、本を読む。
だめの子日記
だめの子日記 (1976年) だめの子日記 (1976年)
光吉 智加枝 (1976)
小学館

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紀田順一郎によると、「人は日記をつけはじめるとき必ず直接の動機がある」とのことだ(当たり前か)。自分の11歳のときからほとんど欠かしたことはない日記の動機はこの本。

1975年、15歳で交通事故死した少女の日記を、両親がまとめて出版した本。本のタイトルは、「この日記がおわったら、やねうらにほうりこむ。何十年もたってだれかがみつけて『だめの子日記』という本にする。いい想像だーナ」というある日の記述から。

口絵写真に、「今もそのままにしてある部屋」とか、「日記となったいろんな種類のノート(おじいちゃんからもらった古いノートの日付を直して使ったりもしている)」、「短くなって役目を終えた鉛筆を揃えてしまってある箱」とかが掲載されていて、今あらためて見てみると、堅実な家庭に育った昭和の女の子テイストが感じられる。

ドラマチックなことは何もない、ごく平凡な日記ではあるが、何度も何度も読み返していた。「赤毛のアン」や「風と共に去りぬ」「チボー家の人々」も読んでいる読書好きな子。出版事情もあるが、当時の中学生の読書の傾向が現在とぜんぜん違うのが面白い。

途中から「知的生産の技術」に影響されて、自作の「京大式カード」(大学ノートを半分にカットしたもの)に日記を書いたりもしている。そういや、自分もこれで知って早速読んだよ「知的生産の技術」。内容はすっかり忘れた。ただ、日記のメモ的というか箇条書きの記述形式は今にいたるまでずっと続けている。

ところでこの本のヒットが影響したのか、「夭折した子どもの日記を活字にする」のがちょっと流行ったらしい。当時定期購読していた少女小説誌にそんな日記が毎号別冊付録として発行されていた。が、「誰もがかならずしも活字にするのに耐えうる内容・文章の日記を書いているとは限らない」という現実の前にブームは廃れていった。

★★★
西へ。
途中吹雪に。
ちょっとのんびりしていたら時間が押してきたので、昼抜きで帰宅する。
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