本に包囲された日々
部屋は本まみれ。家業の経理をこなしつつ、本を読む。
2週間後の診察
術後はじめての診察。

「ん~、これはいい出来ですね♪」

と、主治医は傷口の塩梅を褒め称える(自画自賛というか)ものの、コッチは見ることができないので、どうこたえたらいいものやら。

3ヶ月で完治、という目安だそうで、次の最後になるであろう診察は9月。
手術後十日目
手術後はじめて鎮痛剤無しで一日を過ごすことができ、トイレ回数も激減(今度は便秘が怖いよ~)。いきなりほぼフツーの状態に。よって本日で手術後覚え書は終了。

入院に持っていった本、つづき。
アシモフの雑学コレクション (新潮文庫)アシモフの雑学コレクション (新潮文庫)
(1986/07)
星 新一アイザック アシモフ

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皇妃エリザベートの真実 (集英社文庫)皇妃エリザベートの真実 (集英社文庫)
(1998/11)
ガブリエーレ プラシュル=ビッヒラー

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パリの王様たち―ユゴー・デュマ・バルザック三大文豪大物くらべ (文春文庫)パリの王様たち―ユゴー・デュマ・バルザック三大文豪大物くらべ (文春文庫)
(1998/01)
鹿島 茂

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デパートを発明した夫婦 (講談社現代新書)デパートを発明した夫婦 (講談社現代新書)
(1991/11)
鹿島 茂

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再読本ばかり。重くないように文庫や新書だけを選んだ。
手術後九日目
本日からリアルタイム記述。

本日朝も腹痛は続く。早く鎮痛剤を飲みたくて早起き。朝と晩、二度服用。トイレ回数変わらず。

夕べからお泊りしている甥と義父母は、夫の運転でサッカー観戦へ昼から出かけていった。本来なら自分も行かなければならないが、この体調のおかげで免除されて内心嬉しい。昼間はのんびりお留守番。ブログの入院覚え書を埋め終わった。

退院前ナースステーションへ挨拶に入ったときの会話。
「お世話になりました~」
「このまま戻ってこないでね」
「え、戻ってきてしまう人、やっぱりいるんですか」
「いますよ~。大出血して戻って来る人が」
「ガクガク(((( ;゚Д゚))))ブルブル  そ、それはどんな状況で」
「広島まで運転したとか、自転車に乗ってとか」

…そんなことしない(予定)。主治医の説明でも過去に一例だけ一ヶ月も経ってから大出血した、という話があったが。当分、便秘と鬱血に要注意だ。

過去にエントリしたことがあるが、入院本のうちの一冊↓
漱石の疼痛、カントの激痛―「頭痛・肩凝り・歯痛」列伝 (講談社現代新書)漱石の疼痛、カントの激痛―「頭痛・肩凝り・歯痛」列伝 (講談社現代新書)
(2000/11)
横田 敏勝

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手術後八日目
オーマイガッ!!!!

昨日の下腹部痛は生理の前触れだった。前回は、手術前の緊張で数日遅れてきたのだが、それから二週間ちょっとでまた来てしまった。精神面がモロ、ホルモンを乱している。だいたい!痔がこんなに悪化した原因には生理がかなり影響している。どこまでも自分を苦しめるこの生理が憎い。

そろそろトイレ回数が減ってくるかとの期待していたのに、いつものように激しくお腹が下る。直腸痛が多少ましになってからだったのが不幸中の幸い。しかし鎮痛剤を朝昼晩服用に逆戻り。
手術後七日目
追記。
徐々に家事に復帰する。
ゆっくりとだけど、裏山にも一回登ってみる。

下降痛の発作が怖いので、まだまだ外出する勇気が出ない。痛みは確実に減ってきてはいるのだけど。トイレ回数はあいかわらず。

午後、下腹部痛が起こる。下痢の前触れかと戦慄。鎮痛剤を朝と晩の二回服用。


-----------以下、当日書いたエントリ。---------------------
予定通り、23日月曜日に退院。

入院前に、ネットで情報を山ほどあさりまくったが、同じ疾病・同じ手術でも経過には個人差がある。自分の場合も、思いもよらなかったことがいくつか起こった。

一番予想外だったのは、腰椎麻酔の後遺症による頭痛が起きたこと。入院中にはほとんど寝たきりだったので、頭痛を感じてはいたが、そこまで深刻に考えていなかった。退院してしまうと、起き上がっている限り酷い頭痛が続くことを思い知り、仕方なく寝たきり状態に(寝ころんでいると頭痛は止まる)。一週間から数ヶ月続く人もいる、というのを調べて知ったときには途方にくれてしまった。

幸い、三日ほどで頭痛は治まり、徐々に日常に戻りつつある今日この頃だ。

「痔」という、病名が病名だけに別ブログを立ち上げて闘病記録を書きとめようかとも思ったが、めんどくせーので、過去の日付をこれからぼちぼち埋めて行こうと思う。
手術後六日目
毎日薄皮を剥ぐように少しずつ痛みが薄れていく。

朝、鎮痛剤服用を止めてみた。…が、排便後の痛みがジクジクと続くので、午前中に一錠服用。排便回数は減らない。

床上げ。でも昼寝する。
手術後五日目
頭痛が消えたみたい。覚悟していたよりずっと早く消えた。よかった~。耳詰まりも消えたので、胃が痛くならないうちにイソバイドも止める。

あとは直腸の下降痛と頻便。これはもう、日にち薬でしか治らないだろう。吻合した傷が刺激になっているわけだし。頭痛と下降痛・頻便が三大予想外事項だった。なんともない人はなんともないのだろうな。

友達にそのことをメールすると、「肛門体操」をすすめられる。さっそくやってみたら、ちょっとマシになったような気がする。

仕事の準備を始める。
手術後四日目
徹底的に開き直って、義母に家事すべてを任せ、寝たきりの一日。寝転んでいると特になにも苦痛は感じないので、読書に励む。

手術日から現在まで鎮痛剤は一日中服用している。そのせいで、日曜日あたりからメニエル病による耳詰まり・耳鳴りがはじまってしまった。昨日からもらい置きしているイソバイドを服用。

一日にトイレ(大)は7~8回。便秘になったらさらに恐ろしいことになるし、苦しいけど便秘よりマシだ、と思うことにしている。
入院五日目(手術後三日目)・退院日
今朝、普通に近い排便あり(便秘は絶対禁物なので、酸化マグネシウム服用の作用でやわらかく細いが)。これで、ようやく「出血・再脱出なし、痛みも我慢できる程度」という退院の条件をクリア。

下降の痛みはあいかわらずクリムゾン・キングの宮殿状態なのだが、病院にいても家で寝ていても同じことだしね。

退院には主治医の許可が必要。てっきり外来が終わった昼過ぎの回診かと思っていたら、外来が始まる前の8時に診に来てくれて、めでたく退院オッケー!その後すぐ、事務が清算用紙を持参してきた。てことは、もう昼食も出ないわけで、看護士さんに「んじゃ、ひと風呂浴びてからボチボチ帰りますね~」と報告する。

帰宅が午後ならタクシーのつもりだったが、午前中だとまだ夫が家にいたので、迎えに来てもらうことにする。

シャワーを浴びると、また頭痛が始まる。休み休み荷物をまとめ、となりの二人に(オトコは今日も朝八時から来てる)お先に、と挨拶。となりの主治医の回診は昼過ぎらしい。

一階で清算(しめて69,610円なり)を済ませ、ベンチで迎えを待っていると頭痛がしゃれにならない苦しさになってくる。車に乗り込むも、手足がシビレて息が苦しい。ヤバッ、これがもしや麻酔の副作用?とはじめて思い知る。帰宅するやいなや、すぐ布団を敷いて倒れこむ。横になるとたちまち頭痛は楽になった。携帯メールでもと看護婦の友達にメールすると、「そうだよ、腰椎麻酔の副作用だよ」との返事。寝たり起きたりしながらパソコンをいじり、その件を調べる。あ~あ。

直腸への下降痛と頭痛にうちのめされた一日。すいませんがそんなわけで当分寝たきりにさせてもらいます、と義母に報告。
入院五日目(手術後二日目)
前夜ほとんど寝ていなかったため、昨夜は断続的とはいえかなり睡眠がとれた。

朝食後、シャワーを浴びる。頭・首・肩にかけていままで経験したことのない痛み(あとでわかるのだがこれが腰椎麻酔の後遺症だった)が始まる。寝不足かなぁ?と考え、本日は昼間も一時間置きぐらいに読書と睡眠。おきあがると即、直腸に下がってくる痛みにトイレにかけこむが、二日前の絶食日の排出日にあたるためか、ガスばかりでほとんど出ない。

夫が見舞いに来るが、体調が悪いとかですぐ帰る。夕方高熱が出たらしい。よりによってこういうときに熱をだすのか、オマエは。

となりは、姉だの、妹だの、それに姉が経営するお店の女の子たちだのと入れ替わり立ち代わりひっきりなしに見舞い客が来る。おまけにそれぞれ“ボーイフレンド”(おっさん)だの子どもだのを連れてくる。日本語とタガログ語がわんわん響き、耳栓がなければ発狂モノ。

やっと見舞い客が帰ったとおもったら、夕方から夜まで二人で仲良くベッドで高らかなイビキをかきだす。体温・血圧を測りに看護士さんたちがやってきても、二人とも寝転んだまま。なんつーか、世界は二人のためにな感じ。

これじゃ「二人部屋」じゃなくて「男女三人部屋」だよ。

ちなみに、一応顔をあわせればニコニコ会話はしてたけどね。数日だけのガマンだし。
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